東電の賠償について、再度思うこと

昨日の、毎日新聞
原子力損害賠償法:欠陥放置50年 民主が改正案作成」
という記事が載っていました。
内容は、現行の「原発事故の賠償のあり方を規定した原子力
損害賠償法」の規定の中の、「異常に巨大な天災地変の時は、
この限りではない」(3条ただし書き)との免責条項で、
定義があいまいで「国の賠償」にも触れられていない点が
欠陥だというので、そこを改正するという内容らしいです。

東電に融資する金融界は当初、2万人を超す死者・行方不明者を
出した今回の震災は「異常に巨大な天災地変」に該当するとし、
東電の免責を主張したそうなのですが、財務省勝栄二郎事務次官は、
「東電を免責にすると賠償主体がなくなるって知ってますか?」
と大手行首脳に問いかけ、考え直すよう指導したそうです。

*記事は次のURL
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110801k0000m010143000c.html


このことは、政府としても東電が免責になる可能性は十分あると
認識していたことを示すものであり、法を捻じ曲げてでも政府の
意向を通そうとする官僚のやり方です。

最近保安院や九電のヤラセが槍玉に上がっていますが、官僚の
大手銀行に対する脅しが問題とならないのは不思議です。
もちろん脅しでなく、説明と理解であるとおっしゃるでしょうが
銀行は立場上、財務省に反論できないのですから脅しでなければ
命令だといってよいでしょう。

私は、4月21日の記事で、


・・・法治国家として、法律をないがしろにする発言を官房長官
していていいのかと疑問に思っています。
「東電は免責にする、その代わり救済法を作り被害者に十分な
手当てをする」が法律に基づく正しい道筋だと思うのです・・・・


と書きました。その考えは変わっていません。
そもそも巨大な自然の猛威によって引き起こされることに対して
賠償という考え方はなじまないと思うのです。

千年に一度の大雨で、巨大なダムや堤防が決壊するとか、
千年に一度の大地震で石油タンク・ガスタンクが爆発する
ということは、今でもありえることです。
そうした事態に対しても、設計に過失がない限り賠償の必要は
ないのです。
技術の世界ではそれが当たり前であり、そうでなくては、
賠償が怖くて設計などできません。


つまり、日本を含む先進国では「ある程度の確率を超える
自然現象による被害は、仕方がないと諦めましょう」
という考え方が主流に、なっているのです。

民主の改正案は、あくまで電力会社か国が賠償という形を
とるべきであるということですので、一応技術者の端っこ辺に
いる私には大変奇妙に思えます。



難波戎橋の夜景です。連日ちょうちんに灯がともり
にぎわっています。





コンデジで夜景をとる場合は、フラッシュを発光禁止にして
手すりなどの上においてシャッターを切るとブレの少ない
写真となります。カメラを載せる台があれば、そこに載せて
タイマーでシャッターを切るようにすればさらにブレは
減少します。一度お試しください。